후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 251,295자 · 490화면
夫は他でもない。物質とは所謂存在(有)と所謂無との、云わば媒介概念だったのである。所謂有は所謂無に於て初めて所謂有となることが出来る。無論有は無でないが故に有であり、無は有でないからこそ無である、否寧ろ無でさえないのであるが、存在することの真相は、この有の内にもなければ、無論又無にもないので、とりも直さず、有が無によって初めて有であり、従って無によって初めて有となる、という点に横たわっている。この意味では有は無から出て来る他にその存在理由・根拠・根柢・を持たぬ。で本当の存在、物質とは、かかる存在と非存在との総合統一であり、それが実は運動ということに他ならない。
物質――但し今は存在者から抽象態としての「存在する」という意味での物質――の今云ったような運動は、物質という何等かの存在者があって、それが外から、何かによって、例えば物体とか主体とか神とかその他によって、動かされるのではなく、それが物質であり存在であるというだけの点から同時に運動である・運動する・というのであったから、吾々は之を物質の自己運動と呼ぶ他はない。尤も物質の自己運動というと、例えばタレスの物活論というような最も素朴な幼稚な思想ででもあるように考えられるかも知れないが、今は例えば水という存在者が存在であるとかないとか云っているのではなく