후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 251,295자 · 490화면
本質はエッセイにあるという説も聞いたが、併しだから私の批評は見当違いだという推理は成り立たないように思う)。無の論理は世界の解釈のための論理であって、少しも世界を実際的に処理するための論理ではないから、無の論理は云わば論理の無でなければならぬ、と今でも考えているのである。
処で無の論理のこの論理としての弱点を極めて注意深く指摘しつつあるものが、この数年来の田辺元博士の論文だということを注意したい。云うまでもなく田辺博士と雖も、西田哲学の無の論理から一種有力な示唆を得ていることは見落すことが出来ないのであり、その点を推して行くと、最近の田辺哲学は実は無の論理の批判的前進に他ならないのだが、併しそれだけに、田辺博士による無の論理の批判は、否定的で有力だと見ることが出来よう。博士は「社会存在の論理」(『哲学研究』昭和九年―十年)に於て、哲学的社会学に就いての方法論ともいうべきものを試みているが、その要領となる出発点は、西田哲学が「我」と「汝」という個人(個)の相互の否定的対立を介しての肯定とも云うべき弁証法的関係によって、この人間の社会を解明しようとするのは、絶対の不可能事だということの強調にあったのである。