후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 251,295자 · 490화면
もし読者が、今日の現実の国家が現に何であり又現に今何をしつつあるかを忘れることさえ出来るならば。
それはさておき、田辺博士の種の論理による西田哲学の批判は、西田哲学の何よりも重大な要点を衝いていると云わねばならぬ。西田哲学は弁証法を標榜する、この哲学によると、この現実の有態の世界は、弁証法的世界なのである。即ちそこでは有即無、無即有、空間的即時間的、時間的即空間的、円環即直線、直線即円環なのだが、この「即」なるものは他でもない無によって媒介されるということなのである。媒介たる特殊も媒介せられる個も何れも無の自己限定として、媒介は媒介を限定し個は個を限定しながら、両者が無に於て相即するのである。だがもしそういうことに過ぎぬならば、どこに一体両者の間の否定的対立というものがあるか。そして否定的対立のない処には媒介なるものはあり得ないのだ。だからして「かかる無の媒介は実は無媒介に過ぎない」、と田辺博士は断固として不満の意を漏すのである。「即」とは結局同一哲学的相即のことであり、媒介のない神秘主義的直接関係に過ぎないから、そこでは弁証法は消滅して了わざるを得ない、之では世界は決して弁証法的世界などとはならぬ、と云うのである。