후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 251,295자 · 490화면
意識を知情意に三分するのが便宜であるなら、此等知情意の各々を成立させる骨髄が、取りも直さず吾々によって論理と名づけられる処のものだ、と云うのである。論理は云わば意識の「精神」である。――感情や意志にも論理が在るか。それが在るということに就いて吾々は已に色々の機会に述べてあるから茲では繰り返すまい(拙著『イデオロギーの論理学』を見よ)。併し何故吾々はそのようなものを特に論理と呼ばねばならぬのか。だが何故人々は論理学の教科書で教えるものだけを論理と考えねばならないのか。優れた芸術家にあっては、感覚はそれ自身の内部的形成力によって、一義的で必然的な作用連関を張るのだし、有力な政治的実践家は、行動の無限な諸作用の内から、同じく一義的で必然的な連関を見出すのである。この連関は例えて云えば数学的直観のように一義的で必然的でなければならないのである。之が吾々の論理である。ただ理論だけは、それだけが自分の論理を自覚しているという点で、特に特徴的に論理的であるに他ならない。理論はまだ必ずしも論理ではない、理論の骨髄が初めて論理なのである。――で論理は意識の精髄である。