후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 251,295자 · 490화면
ドリーシュのエンテレヒーは正にそのような統制的――併し吾々の見た結果によれば結局又構成的な――原理であった。処がこのエンテレヒーの概念が破綻したのであった。
* この点に就いては、田辺元博士『カントの目的論』を参照すべきである。
なる程、統制的とか発見的とかいう概念は、論理学に於ても常に方法の側に属するものである、その限り此等は確かに主観的ではある。けれども実質的合目的性のもつ主観性は決して単に、合目的的でないものを主観が合目的的であるかのように表象することではない。それは主観内の主観性ではない。実は有機体という客観の内の――対象自身の内の――主観性であったことを思い起こそう。之はたしかに方法――主観的――に属するには違いない、併しこの方法は、対象自身の内に之を必然にする根拠を有っている。実質的合目的性は主観から出て来た限りの方法には属さない。であればこそこの合目的性が実質的・客観的・絶対的・であったのである。
実質的に合目的的な事物――有機体――の存在は、経験的な、常識的な、先科学的な、一つの事実に他ならない。之は生物学に対して与えられた処の、生物学によって初めてその存在を証明されたのではない処の、生物学自身の与件である。