후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 251,295자 · 490화면
弁証法的唯物論の他の部分はそして、自然弁証法と呼ばれる処のものであり、又唯物論的弁証法という方法一般は弁証法的(唯物弁証法)論理なのである。――だから要するに唯物史観は、自然弁証法の対比物であり、弁証法的論理の対応物だ、と云わねばならぬ。それはマルクス主義理論の一部分であり、又夫に過ぎない。――まず第一に、唯物史観の定説を述べよう。
唯物史観の問題は人間の社会的存在という事実と共に始まる。人間は社会の時代々々の与えられた一定の物質的生活条件の下に、行為・生活・している。処でこの人間生活の過程は、一口で云えば食うことと産むこととをその物理的根柢としている。云い直せば、人間の生活過程は生活資料の生産と新しい個体の生産とを、要するにそういう物質的生産を、その根柢としているのである。だが人間生活を他の動物生活から区別するものは、人間が個体を生産する能力を有っているという点にあるのではなくて、人間が生活資料を優れて生産し得るという処に、即ち労働によって之を生産するという処に、而も労働用具の生産(労働による)を通じての労働によって之を生産するという処に、横たわる。