후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 251,295자 · 490화면
である。それだけに又、却って、同一の階級にぞくする限りでは、社会そのものと文化との関係は、もはや単純に外部的に止まることは出来なくなる。たとい文化の自由の名に於て社会から受ける強制に我慢出来ないような場合でも、それが同一階級の社会と文化とであることによって、不自由は不自由でなく強制は強制でなくなる。文化の実際の自由が実は容易に社会階級の強制に屈服して了っているのだが、それが文化の不自由としてではなくて却ってその自由としてさえ意識されることになるのである。実質に於ては何等文化の自由を認めようとせず、又認める必要も有たない所の世界のファシスト達は、却って常に文化運動こそがファシズムの終局の理想だと主張するが、それはここから出て来る結果なのである。ムッソリーニのファシスト文化がそうであり(ジェンティーレは学生にあまり厳重な入学試験を課したために一時失脚したと伝えられる)、ヒトラーのドイツ文化がそうであり、われ等の日本精神が又そうである。
処がこういう自発的な文化運動(尤も夫を自発的にするためには都合の良い「哲学」を適当に貼りつける必要はあるが)も亦、文化統制と呼ばれている以上、ここに又一つの文化統制の新しい側面が発見されるわけである。