후리가나로 읽는 일본 고전
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げんだいゆいぶつろんこうわ
現代唯物論講話
戸坂 潤
戸坂 潤의 現代唯物論講話(げんだいゆいぶつろんこうわ)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 251,295자 · 490화면
プロパーな文化統制が如何に階級文化の対立に基くかという一般的な規定が、偶々ここでも明らかである。
こう見て来ると最後に、文化統制(一般に統制)という言葉そのものの使い道が、甚だ怪しげなものだということが判るだろう。ブルジョア社会学者の云うような社会統制――その一部分として例の形式的なプロパーな文化的統制――を事実今日の世間は統制とは呼んでいなかったし、それから又自由に対立するものではなくて却って自由そのものまでも、之を統制と呼んでもいるわけである。一体統制という言葉の意味は何かという疑問に逢着するだろう。併し之はそう不思議な言葉の使い方ではないのである。
自由の抑圧が統制だとザット考えても悪くはないが、もう少し正確に分析して見ると、実は自由の抑圧ではなくて可能性の抑圧が統制の意味だと云った方がいいようだ。色々の可能性があって、放っておけば夫々が自由な活動を現実しそうな処を、或る目的に適った可能性だけを現実させて(之が初めて自由となる)、他の可能性は可能性に止めることが、統制の正確な意味である。統制力は別にこの諸可能性を積極的に破壊して不可能ならしめたり、又新しい可能性を造り出して之を現実化したりするようなポジチブな力ではなく、単に、或る可能性はそのままにしておき、之に反して他の可能性だけを自由にまかせる