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いやなかんじ

いやな感じ

高見 順

「文学界」1960(昭和35)年1月~1963(昭和38)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 292,113 字 · 587 页

青空文庫

店はもうあけていたのだが、この時刻では客はまだはいっていない様子だ。客がいないのは、波子に店で会うのには好都合だったけど、いきなりお客面をぬっと出すのは、気がさすような、気がひけるようなおもいで、俺はそっと裏口に回った。

細い路地にはいって行った俺は、人目を忍んで、いとしい情婦に会いに行くような一種の感傷を自分の胸に覚えた。それはちょっと悪くなかった。自分をそういう身の上になぞらえるのは、甘い寂しさがあって、カラカラに乾いた道のような俺の心の埃っぽさに一瞬、快いしめりが与えられた。

表通りは俺の心のように、乾きに乾いているのに、その路地はじめじめしていて、ヤブ蚊の巣みたいな溝に渡した板も腐りかけて、足もとがあぶなっかしい。俺にはそうしたことが、そのときはまるで気にならなかった。

勝手口に行くと、波子の朋輩らしい、しかし年はずっと上の女が、ツマヨウジを使いながら、ちょうどなかを通りかかるのを見かけて、俺はちょっとと声をかけた。

「照子――いないでしょうか」

俺は「照子さん」と言いかけて、「さん」を省いていた。省いて、口ごもったその時間のなかに、俺は俺の感想をさしはさんでいた。