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いやなかんじ
いやな感じ
高見 順
「文学界」1960(昭和35)年1月~1963(昭和38)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 292,113 字 · 587 页
文字で書くと「照子。バカな名をつけたものだ。いないでしょうか」と、こうなるのだ。
女は裏口からの来訪者の俺などに目もくれず、ヨウジをくわえたままの口で、
「照ちゃん。誰か来たよ」
と面倒臭そうに言った。
「誰かしら」
照子こと波子の声が、すぐ近くから聞えた。のぞくと、当の波子は、つい、その物かげにいた。醤油の空樽にどっかと腰かけて、ごっつい植木屋バサミで、枝豆をシャキシャキと枝から切り落している。前掛けをしているとはいえ、足を男みたいに大胆に開いて、ザルを股の間に挾むようにして、それに枝豆を落している。生娘にはできそうもない(それとも、生娘だから、できるのか?)そのあられもない恰好に俺が、
(おや、この娘は……?)
何かはっとしたとき、
「あら、兄さん」
と、波子がぬかしやがった。言ったというより、全くそれは、ぬかしやがった感じだった。おいらんの「兄さん」とちがって、実の兄貴を意味する「兄さん」である。よくも、ぬけぬけと――だが、さらりと言ってのけたその語調には、波子の奴、どうしてるかなといった気がかりをいっぺんに吹き飛ばす爽やかさがあった。東京の濁流にいきなり放りこまれたこの女に、なんの手もかさなかった俺は、ほらここにと、渦巻く水のなかから、ひょっこり顔を出した、思いがけない元気な波子を、そこに見たような気がした