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いやなかんじ

いやな感じ

高見 順

「文学界」1960(昭和35)年1月~1963(昭和38)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 292,113 字 · 587 页

青空文庫

その八 生への狼狽

「ちょいと、ちょいと」

オカマが俺の二の腕をつかんだ。こっちの舟より高い舟べりに足をかけた俺は、風に吹き飛ばされそうだった。

「ああ困っちゃった。あたし、あんたが好きになっちゃった。どうしようかしら」

その手を振り切って俺は舟に乗り移った。まごまごすると、片足ずつかけた二つの舟が、その足の力で見るみる離れて行って、俺は水のなかにおっこちそうだった。ぶるると胴震いがした。寒さのせいだと俺が自分に言ったとき、人のうめき声がウカビ(船)のなかから聞えてきた。あらかじめ身震いしておいてよかった、そんな感じの不気味なうめき声だった。――

その八 生への狼狽

――電話に出てきた波子に俺は、

「波ちゃん。波ちゃん」

「四郎さん?」

「波ちゃん。波ちゃん」

遠くにいる波子を近くに呼ぼうとするようなその声に、俺としては愛情を精一杯こめていたが、やはりただならぬものが波子に感じられたのだろうか。

「どうしたの? 四郎さん」

「波ちゃん」

「はーい」

「波子……」

「はーい」

「波子に会いたい」

会って俺は満州へずらかろうと思う。丸万と一緒に行って、かねて話し合っていた馬賊にでもなろうと思う。