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いやなかんじ

いやな感じ

高見 順

「文学界」1960(昭和35)年1月~1963(昭和38)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 292,113 字 · 587 页

青空文庫

ヒクヒクがあちこちに移るのを、

(いい加減にやめねえか)

と見ていた俺に、

「四郎さん」

と照子は言った。初めて口を開いた。

顔を向けると、その照子は、声をかけた俺を見てはいないで、床にころがった矢萩をじっと見おろしていた。変に乾いた眼で見ている。

「なんだい」

「…………」

照子は口をとじたまま、石のように動かない。立ちすくんでいるというのとはちがう。矢萩の絶命を、今や遅しと見まもっている。血がじくじくとじゅうたんを濡らして行くのを、眉ひとつひそめるでなく、照子は気丈に見おろしていた。

俺のほうがオタオタしそうになって、

(この野郎!)

世話を焼かせるないと、矢萩の肩先を、ごつんと靴で蹴った。すると、矢萩の口から、あの練兵場ののら犬みたいに、血へどがゴボッと溢れ出てきた。そしてそれでヒクヒクはとまって、静かになった。オメデタクなったのである。

依然として照子はじっと立ったままだった。微動だにしない。顔の表情も微動だにしない。

なんと言うか、立派なものだった。その立ち姿――立像とむしろ言いたい、その不動の、黒いシフォン・ベルベットに包まれた照子の姿には、ぞっとするくらい、凄味があった。