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イデオロギーがいろん

イデオロギー概論

戸坂 潤

第四章 文化社会学の批判「文化社会学」同文館、1932(昭和7)年4月5日<br>第五章 知識社会学の批判「思想 第101~103号」1930(昭和5)年7月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,000 字 · 316 页

青空文庫

皮肉にも意識概念の個人性を、個人主義的見解を、暴露しているに過ぎない。

かくて哲学と云わず科学(今は特に心理学)と云わず、従来、観念論の組織の上に立ち又は之と友誼関係を結んでいる諸体系にとって、意識とは個人的意識の謂だったのである。意識は全く意識主義的に、個人主義的に、だがそれは結局観念論的に、しか取り扱われなかった(以上の意識の概念に就いては、第六章に詳しい)。

こういう取り扱い方によれば、意識の問題は、意識そのものを道具としてしか解決出来ない、意識を説明するものは意識自身である。意識は最後のもので最初のものだ、ということになる。――では併し、意識と他の諸存在との関係――意識も亦一種の存在 Bewusstsein であるが――との関係はどうやって与えられるか。意識乃至観念が凡てである(尤もこの場合意識乃至観念の概念は色々に都合好く偽装してではあるが)、では他の諸存在はどうなったか。それこそは観念論者に聞くがいい。

だが意識は決して、単なる意識としてあるのではなくて、何物かの意識としてしかないのである。或る形の観念論の主張に従って、一切の存在が意識として初めて、意識されることによって初めて、存在出来るというならば、それだけ却って一層、一切の意識は何物かの意識だということにならなければならぬ。