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イデオロギーがいろん

イデオロギー概論

戸坂 潤

第四章 文化社会学の批判「文化社会学」同文館、1932(昭和7)年4月5日<br>第五章 知識社会学の批判「思想 第101~103号」1930(昭和5)年7月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,000 字 · 316 页

青空文庫

四

と云うのは、ヴェーバーの文化概念を衝動との交渉にまで齎したシェーラーは、更に之を少くとも、フロイト等と同じ程度に、衝動そのものにまで徹底させなくてはいけなかった、ということなのである。そうしなければ、文化社会学は――文化の形而上学・哲学にはなろうとも――文化の社会学にはなれないと云うのである。――だがそうすれば又、精神と衝動との――夫は要するに天国と地獄との対立からの類推だと云って好いが――根柢的な区別は廃止されなければならない。と云うことは、文化と文明との根柢的な区別への執着を忘れねばならぬ、ということである。処がそれは又、文明から保護されるべきである限りの文化という概念を無用に帰着させることに外ならない。そうすると、之は文化社会学の元来の使命――文化概念の救済――を、放擲することである。だから文化社会学としての文化社会学は又放擲される。――文化社会学は、文化社会学であるために、文化社会学でなくならねばならぬ。文化社会学それ自身が、今やこうした中途半端な矛盾の過程なのである。

四

併し、吾々は何も、文化社会学がフロイト主義的文化理論にまで帰着しなければならぬなどと云いたいのではない、無論決してそうではない。