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イデオロギーがいろん
イデオロギー概論
戸坂 潤
第四章 文化社会学の批判「文化社会学」同文館、1932(昭和7)年4月5日<br>第五章 知識社会学の批判「思想 第101~103号」1930(昭和5)年7月28日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,000 字 · 316 页
かしこに於て創造の力を有っていた精神――文化――は、茲では単に衝動に対する消極的な嚮導だけをその役割として残される。文化・精神は、シェーラーによって、そのドイツ観念論的な王座からひき降ろされる。
だが、精神・文化は、このようにして譲歩するのでなければ、もはや救済され得ない。シェーラーによれば、ヨーロッパ文化だけが唯一の文化ではない、世界の文化は複数なのだ、ヨーロッパ文化は東洋的――例えば印度・支那――文化と平均されることによって、却って現在の実証主義の圧迫から遁れることが出来る。――文化を文明から護るためには(元来ドイツ的であった)文化を、東洋其他にまで、コスモポリタン化されねばならぬ(ショーペンハウアー等を見よ)。そうすることによって初めて、ドイツ文化もドイツ文化として蘇生出来ようというわけである。之こそドイツ文化社会学のカトリック的使命ではないか。――であるから、シェーラーによる文化の譲歩は、実は却って、文化の文明に対する勝利を意味する。精神は、例えば全く東洋の生活術の通り、物質に譲歩することによって物質に打ち勝つ。で結局、シェーラーの文化社会学――その内容は結局知識社会学なのだが――は、ヴェーバーの場合と同じに、文明に対する文化の優越を説く処の、その名の通り、文化社会学でなければならない。