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いちしょうにんとして

一商人として

相馬 愛蔵

――所信と体験――

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 114,895 字 · 222 页

青空文庫

それにはどうしてもどこか有望な場所に支店を持つよりほかないのでした。大学正門前のパン屋としては、私どもはもう出来るだけの発展をしていました。場所柄お客様はほとんど学生ですし、大学、一高の先生方といっても、パンでは日に何程も買って下されるものではない、と言って高級な品を造って見たところで、銀座や日本橋――当時京橋、日本橋付近が商業の中心地でした――の客が本郷森川町に見えるものではなし、ここでは、たとえ税金の問題が起らなくとも、私どもの力がこの店以上に伸びてくれば、早晩よりよき場所へ移転の説が起らずにはいないところでありました。

支店を設けるにしても、移転するにしても、これはなかなか冒険です。見込違いをした日には現在以上の苦境に立たされることになります。とその頃ある地方の呉服屋の次男で、救世軍に入ったがために家を勘当された人がありまして、日曜だけは救世軍兵士として行軍することを条件にして、店員の一人に加わっておりましたが、まずこの人を郊外の将来有望と思われる方面へ行商に出して見ることに致しました。――(「黙移」)

当時我々が郊外において将来有望の地と見込をつけたのは、文士村と称されていた大久保の新開地、淀橋、角筈、千駄ヶ谷方面であったが、本郷からこの辺まで約二里半の道である。