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にんげんひょう
人間豹
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页
それほど細く、それほど黒く、何かしら曖昧な、無気味な、魔性の糸であった。
悪魔のトラックは、なるべく淋しい住宅街をえらんで、深夜の東京を北へ北へと去った。われわれはしばらく姿なき眼となって、闇の空中を飛行しながら、適度の間隔を取って、この怪トラックの跡をつけてみることにしよう。五分、十分、二十分、車は何事もなく走りつづけた。恩田は人形箱にもたれかかったまま、一つの黒いかたまりのように身動きもしない。深夜といっても、時たますれ違う人がある。だが、彼らはこの一見なんの変てつもないトラックを怪しむようなことはなかった。赤い電燈の交番の前も幾つとなくすぎたけれど、おまわりさんたちは、眼の前を恐ろしい殺人自動車が通るのも知らないで、皆そっぽを向いていた。やがて、車が九段に近い淋しい濠端を走っていた時、われわれの姿なき眼は、前方の車上に、実に恐ろしい椿事を目撃したのである。
恩田の黒い姿が車上に中腰になって、しきりと手を動かしはじめた。いったい何をしているのだろう。少し眼を近づけてみよう。車とのあいだが三間ほどになるように……すると、ああ、わかった。彼は待ちきれなくなったのだ。