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にんげんひょう
人間豹
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页
切断されるが早いか、今までロクロと数人の力とで地上に引きつけられていた風船は、まるで鉄砲玉のように恐ろしい早さで天空に舞い上がって行った。
「ワハハハハハ明智君、あばよ。恒川君、あばよ。ワハハハハハ」
飛び上がる風船と共に、悪魔の哄笑は、スーッと、尾を引くように、遥かの天空へと消えて行った。しばらくのあいだは、銀色の風船の下に、片手と両足でつかまった、小さな黒い人の姿が、地上の群集に向かってしきりと手を振っているのが眺められたが、やがてそれも見えなくなって、ただゴム毬ほどの銀色のものが、風のまにまに白い雲のあいだを縫って、東京湾の方角へ流れ流れて行くのを見るばかりであった。
その翌日、相模半島の漁船が、沖合遥かの海上に、銀色の大ダコのような怪物がただよっているのを発見した。調べてみると、それはZ曲馬団のアド・バルーンに違いないことがわかったが、「人間豹」恩田の死体は、ついにどこの海岸に打ち上げられたという報告にも接しなかった。彼は風船と悪運を共にして海底の藻屑と消えたのであろうか。それとも、運命強く通りがかりの船などに救われ、まだこの世のどこかの隅に、あの燐光の眼を光らせて、再度の悪事を計画しているのであろうか。