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にんげんひょう

人間豹

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄辯會講談社、1934(昭和9)年1~2月、5月~1935(昭和10)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 155,989 字 · 311 页

青空文庫

まっ赤な厚い唇が、ヌメヌメと光り、白い歯のあいだから、例のけだもののドス黒い舌が、無気味に覗いていた。

それは窓の少ない薄暗い部屋であったから、彼の両眼の蛍火のような怪光をハッキリ見てとることができた。青く黄色く燃える眼底の妖火は、彼が激すれば激するほど、その光輝を増して行くように思われた。

その眼、その口、その四肢をもって、黒い人間豹は、今や彼の美しい餌食に飛びかかって行った。

二人のからだは、ただ見る黒白の鞠となって、広い土間をころがりまわった。黒い手と白い手とが、烈しくもつれ合った。弘子はけなげにも、叫び声さえ立てず、死にもの狂いの抵抗をつづけているのだ。

神谷は、そのもつれ合った二人の姿が、隙間の眼界から消えるごとに、心臓の鼓動も止まる思いがした。彼はわが身の危険も忘れて、幾度も、危く叫びだしそうになった。だが、この密室の中で叫んでみたところでなんの効果があろう。効果がないのみか、そんなまねをすれば、かえって事態を悪化させるばかりだ。彼は歯を喰いしばって、脂汗を流して、節穴にしがみついているほかはなかった。

怪人はまだ充分の力を出してはいなかった。