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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

――伸子は女達に気づかれないように、客間の庭へ去った。――

去年の十二月に帰って来て以来、三月になるまで、時に伸子は、佃に会いたく涙の出るようなことがあった。しかしどんなに騒いだところで、彼の仕事が一段落つかなければ帰れないのだという諦めが、一種の支えになっていた。ところがいよいよ、佃は四月早々帰朝することにきまった。特に三月十九日、彼を載せた船がシアトルを出てから、伸子は圧搾されて来た待ち遠しさで、潰れそうに感じだした。彼が横浜に着くまでの毎日が、恐るべき無聊、期待のあまりの、精神的不活溌のうちに過ぎた。もし小遣いでもたっぷりあって、彼を賑やかに迎える支度でもできたら、伸子は大分助かったに違いなかった。けれども、彼女には金などちっともなかった。佃の旅費に、伸子は自分の力でとった金のほか、相当な額を両親に出させていた。

「私いろいろ買いたいものがあるのよ、お金頂戴」

などと、それ故、云える状態ではなかったのであった。第一、佐々の家で、佃が数日中に帰るということを悦んでいるものは、一人もなかった。夜など、両親が何かひそひそ話しているところへ、何心なく伸子が入って行く。