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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

四

「多分あしたの夜行でこちらを立てるでしょうから、夕方迄には着くでしょう。夜おめにかかります」

彼女はさようならを云った。そして、夢中で昇降機にのって部屋へ帰った。

四

伸子は、その夜、ほとんどまんじりともしなかった。翌日は、陰鬱な小雨であった。ミス・プラットのところから帰って、玄関で洋傘の雫を切っていると、昇降機から安川が外出の支度で出て来た。彼女は伸子を見つけて声をかけた。

「佐々さん、あなたこれから時間がありますか」

伸子は、昨夜からの絶えない内心の思考に囚われ、ぼんやりした顔つきで安川を見上げた。

「なぜ」

「若し何もないなら、一緒に百二十五丁目までいらっしゃらないかと思って」

「買いもの?」

「ええ一寸」

伸子は少し歩いてもいい気になった。決めることは、既に昨夜のうちに決ってしまった。

「じゃあ一寸待って頂戴。このごたごたあずけて来るから」

伸子は本や帳面を受付にあずけた。

近いからこそ細かい用を足すのだが、百二十五丁目辺は下等な街だ。塵埃、バナナや林檎の皮、貨物自動車の粗悪なガソリンの臭気が街路に満ちている。窓ガラスが破れ、黄ばんだ半地下室に、靴直し、古着買、いかものの錺職が、鼠の巣のような店を張っていた。