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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

おいそがしいところを度々、御苦労さま」

――この取次は、伸子にとって、不意なようで不意でなかった。朝、佃から、会社へ電話をかけた事を告げられた時から、彼女は予期していた。何とか動坂から云ってくるに違いない。今日中でなければ、きっと明日。重苦しい感情を伴って、博覧会場を歩きながらも、考えていたのであった。

伸子は、

「動坂から電話がかかったんですって」

と云いながら八畳へ行って見た。老父と夫との間に、東京地図が拡がっていた。頭をさしよせて何処か郊外の部分を説明していたらしい佃は、一箇処を指で押えたまま、顔を擡げた。

「……?」

「さっき。――帰ったら直ぐかけろと云うんですって……」

彼は空々しく、何気なく答えた。

「――かけて来たらいいでしょう? それなら」

伸子はその声をきいたら、変にいやな心持になった。

老父が眼鏡をはずしながら、二人を見較べた。

「何ごとじゃろ、今頃」

「さあ……」

伸子は下駄をはきながら、佃が何とか面倒そうに一口説明し、直ぐ地図に戻って行くのを聞いた。

電話には多計代が出た。伸子が思った通りの用向きであった。

「父様がおかえりになって初めて話を伺ったようなわけでね、是非話したいことがあるから、今から来てくれないかい」