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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

伸子は電話口で当惑した。

「もうおそいし、今日は博覧会のお伴をしてくたびれているから、明日じゃあいけないかしら」

彼方では、電話の傍に父もいるらしい様子で、伸子の云うことを繰り返す母の声がした。

「それでもいいけれどね、明日私はお悔みに行くところがあるんで、都合がわるいし、金曜日と云えば――そうだったろう?――もう日もないしするから、その前に、すべき話はしてしまわないと、お前も迷惑だろうと思うから……」

「――じゃあ上りましょう……少しおそくなるけれども」

伸子は、淋しい暗い裏通りを、一跨ぎで自分の家へ戻ってきた。襖をあけると直ぐ、老人が真面目に不安そうに訊ねた。

「何事でした? 御病人か?」

伸子は、とっさの思案がつかず、

「いいえ、そうじゃありませんでしたけれど……ただいま」

彼女は軽く老人の前に手をつき、頭を下げた。そして、二人のうち、いずれへともつかず云った。

「……私、これから動坂へ行って来なければならないんだけれど……」

佃は、万事事情を承知している者の不自然な冷淡さで、

「そう」

と云った。

「そんなら、寒くないようにしていらっしゃい」

「――御苦労なこっちゃのう、今頃から……」