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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

三

外套は玄関の折釘に下っている。伸子はしかたなく玄関に出た。

「――じゃあ行って参ります」

「何時頃帰る?」

「今時分から行くんですもの……でも帰っては来てよ、どんなに晩くなっても」

三

伸子が動坂の家を出たのは、十二時であった。俥を命じてくれた。店が閉り、家並みが左右で急に低くなったように思われる深夜の電車道の上を、ゆっくり駈けながら、彼女は俥夫とたまに口をきいた。

動坂から赤坂まで、俥では長い道中だ。彼女は揺られて行くうちに昼間の疲労が出て、眼を瞑りたくなった。次に目をあけた時、俥は牛込見附にかかっているらしく、松――松――行っても行っても太い松の幹ばかりであった。提灯が瞬く。ゴム輪が、プッ! プッ! かすかに小砂利を飛ばす。……

がくがく体を揺られながら、伸子は、いろいろ両親の云ったこと、その他を思いかえしているのであった。

佐々の両親の云い分は尤もであった。佃が、もう先の長くもない父親に、落胆させまいとするのは無理もないが、これまでの事はどうするか。一旦足ぶみしなかった以上、何とかけじめをつけるべきであろう。自分の都合によって、電話一つでどうにもなると思うのは間違っていよう、と云うのであった。