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のぶこ

伸子

宮本 百合子

「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页

青空文庫

四

酒を飲む人がないので食事はじきすんだ。殆どあっけないくらいであった。

「ただむしゃむしゃ食うのは何だか不風流で手持無沙汰なもんだな」

「いやに、また、はかどらせるんですね」

皆笑った。

帰り、玄関から暗い門までの飛石を、女中が先に立ちぼんぼりで足元を照した。

また田端の通りを、今度は停留場の方まで四人一列になって歩いた。人通りがなく、少しの風が出て、呉服屋の幟がはためいていた。伸子は万世橋まで素子と一緒の電車で行った。伸子は赤坂へ、素子は牛込に帰った。

四

十日あまり、伸子はいい季節なのに拘らず、引籠って暮した。楢崎へ遊びに行った前日、一通り書き上げた小説を書きなおしていたのだが、伸子は仕事の快感をあまり楽しめなかった。書き足りない気持、心全体が流露し切っていない意識、――従って、自分の本当の内的な発育の上には大して意味のない作品という気が書き終ると強く遺った。伸子は、その小説で、ほんの端っぽを掠め、技巧的に曖昧に自分の結婚生活の内部に触れた。書き上げて見ると、伸子はいろいろ自分の虚栄心や綺麗ごと好きな弱い根性やに心づいた。細君として実際自分が泥濘でぼたぼたやっている間は、とても素直に自身陥っている泥の穢さ、自分の馬鹿さなど自分に向っても承認し得ない、女らしい小さい意地が突張るのを感じたのであった。