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のぶこ
伸子
宮本 百合子
「改造」1924(大正13)年9月号~1926(大正15)年9月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 232,543 字 · 466 页
「いつお帰りになったの」
彼女は、寝台の端に腰かけて父の手をとった。
「もう三十分ばかり前に帰って来たのさ。急に。――どうも気分がわるい。――ひどく頭痛がするし熱があるらしい」
「どれ」
伸子は、父の額に触って見た。かなり熱かった。
「寒気がなさる?」
「正金にいると、どうもぞくぞくするんでね、こいつは怪しいと、いそいで自動車で帰って来たのさ」
佐々は、言葉をきり、自分の容体を熟考するような顔をした。彼はやがて強いて冗談にまぎらすような調子で独言した。
「感冒かな――到頭とりつかれたかな」
伸子は、心の中が冷えるように覚えた。彼女も父の声を寝室に聞いた瞬間それを思い、ぞっとしたのであった。秋から流行している悪性の感冒は未だ猖獗していた。多くの流行病は、終りに近いほど病毒が軽微になる筈なのに、今年の感冒は逆であった。沢山の新患者に沢山の死亡者があった。一生懸命な泰然さで、伸子は、
「そうかも知れないわ。でも早く気がおつきになったから大丈夫よ。――気をしっかり!」
そして、急に母親になったような確乎とした快活さで、
「私はいい看護婦だから安心してまかせていらっしゃい」