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きゅうけつき

吸血鬼

江戸川 乱歩

「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页

青空文庫

確に小川と名乗る、さっきの客人だ。

半面血に染まった、断末魔の苦悶の表情。ワイシャツの胸の夥しい血のり。空を掴んだ指。

老人と二人の書生とは、棒立ちになったまま、暫くは口を利く力もなかったが、やがて、書生の一人が、面妖な顔をして、呟いた。

「おかしいぞ。犯人はどこから来て、どこへ逃げたのだろう」

室の入口のドアは、内側から鍵をかけたままである。窓は締がしてなかったけれど、軽業師ででもなければ、この高い二階の窓から、出入りすることは不可能だ。

それよりも、変なのは小川と名乗る男の行動であった。この見ず知らずの人物は、なぜ断りもなく、二階の書斎へ上って来たのか。その上、内側から、ドアに鍵までかけて、何をしていたのか。加害者は勿論、被害者の身元も、殺人の動機も、一切合切不明であった。

これが、この物語の、最初の殺人事件である。だが、何という不得要領な、不可思議千万な殺人事件であったことか。

斎藤老人は、死体には少しも手をふれず、兎も角警察に知らせることにした。

書生の一人がドアを開て、電話室へと走った。

あとに残った二人は、庭の女中達に梯子をはずさせ、窓をしめて掛金をかけ、ドアにも外から鍵をかけて、階下に引取った。