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ぜんのけんきゅう

善の研究

西田 幾多郎

「善の研究」弘道館、1911(明治44)年2月6日発行

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,777 字 · 243 页

青空文庫

而してこの統一作用を離れて別に意志なる特殊の現象あるのではない、この統一作用の頂点が意志である。思惟も意志と同じく一種の統覚作用であるが、その統一は単に主観的である。然るに意志は主客の統一である。意志がいつも現在であるのもこれが為である(Schopenhauer, Die Welt als Wille und Vorstellung, §54)。純粋経験は事実の直覚その儘であって、意味がないといわれている。かくいえば、純粋経験とは何だか混沌無差別の状態であるかのように思われるかも知れぬが、種々の意味とか判断とかいうものは経験其者の差別より起るので、後者は前者によりて与えられるのではない、経験は自ら差別相を具えた者でなければならぬ。たとえば、一の色を見てこれを青と判定したところが、原色覚がこれによりて分明になるのではない、ただ、これと同様なる従来の感覚との関係をつけたまでである。また今余が視覚として現われたる一経験を指して机となし、これについて種々の判断を下すとも、これによりてこの経験其者の内容に何らの豊富をも加えないのである。要するに経験の意味とか判断とかいうのは他との関係を示すにすぎぬので、経験其者の内容を豊富にするのではない。