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ぜんのけんきゅう
善の研究
西田 幾多郎
「善の研究」弘道館、1911(明治44)年2月6日発行
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,777 字 · 243 页
第十二章 善行為の目的
といっている。
しかし更に一歩を進めて考えて見ると、真の善行というのは客観を主観に従えるのでもなく、また主観が客観に従うのでもない。主客相没し物我相忘れ天地唯一実在の活動あるのみなるに至って、甫めて善行の極致に達するのである。物が我を動かしたのでもよし、我が物を動かしたのでもよい。雪舟が自然を描いたものでもよし、自然が雪舟を通して自己を描いたものでもよい。元来物と我と区別のあるのではない、客観世界は自己の反影といい得るように自己は客観世界の反影である。我が見る世界を離れて我はない(実在第九精神の章を参看せよ)。天地同根万物一体である。印度の古賢はこれを「それは汝である」 Tat twam asi といい、パウロは「もはや余生けるにあらず基督余に在りて生けるなり」といい(加拉太書第二章二〇)、孔子は「心の欲する所に従うて矩を踰えず」といわれたのである。
第十二章 善行為の目的(善の内容)
人格その者を目的とする善行為を説明するについて、先ず善行為とは如何なる動機より発する行為でなければならぬかを示したが、これより如何なる目的をもった行為であるかを論じて見よう。