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ぜんのけんきゅう
善の研究
西田 幾多郎
「善の研究」弘道館、1911(明治44)年2月6日発行
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,777 字 · 243 页
第五章 知と愛
罪はにくむべき者である、しかし悔い改められたる罪ほど世に美しきものもない。余はここにおいてオスカル・ワイルドの『獄中記』 De Profundis の中の一節を想い起さざるをえない。基督は罪人をば人間の完成に最も近き者として愛した。面白き盗賊をくだくだしい正直者に変ずるのは彼の目的ではなかった。彼はかつて世に知られなかった仕方において罪および苦悩を美しき神聖なる者となした。勿論罪人は悔い改めねばならぬ。しかしこれ彼が為した所のものを完成するのである。希臘人は人は己が過去を変ずることのできないものと考えた、神も過去を変ずる能わずという語もあった。しかし基督は最も普通の罪人もこれを能くし得ることを示した。例の放蕩子息が跪いて泣いた時、かれはその過去の罪悪および苦悩をば生涯において最も美しく神聖なる時となしたのであると基督がいわれるであろうといっている。ワイルドは罪の人であった、故に能く罪の本質を知ったのである。
第五章 知と愛
この一篇はこの書の続として書いたものではない。しかしこの書の思想と連絡を有すると思うからここに附加することとした。
知と愛とは普通には全然相異なった精神作用であると考えられている。