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ぜんのけんきゅう

善の研究

西田 幾多郎

「善の研究」弘道館、1911(明治44)年2月6日発行

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,777 字 · 243 页

青空文庫

快楽説の立脚地よりしては、それでも自己の快楽をすてて他人の快楽を求めねばならぬということができるであろうか。エピクロースのように利己主義となるのが、かえって快楽説の必然なる結果であろう。ベンザムもミルも極力自己の快楽と他人の快楽とが一致するものであると論じているが、かかる事は到底、経験的事実の上において証明はできまいと思う。

これまで一通り快楽説の主なる点をのべたので、これよりその批評に移ろう。先ず快楽説の根本的仮定たる快楽は人生唯一の目的であるということを承認した処で、果して快楽説に由りて充分なる行為の規範を与うることができるであろうか。厳密なる快楽説の立脚地より見れば、快楽は如何なる快楽でも皆同種であって、ただ大小の数量的差異あるのみでなければならぬ。もし快楽に色々の性質的差別があって、これに由りて価値が異なるものであるとするならば、快楽の外に別に価値を定むる原則を許さねばならぬこととなる。即ち快楽が行為の価値を定むる唯一の原則であるという主義と衝突する。ベンザムの後を受けたるミルは快楽に色々性質上の差別あることを許し、二種の快楽の優劣は、この二種を同じく経験し得る人は容易にこれを定めうると考えている。