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ぜんのけんきゅう

善の研究

西田 幾多郎

「善の研究」弘道館、1911(明治44)年2月6日発行

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,777 字 · 243 页

青空文庫

これあるが故に、他を愛するということは我々に無限の満足を与うるのである。しかしこれが為に自己の快楽の為に他を愛したのだとはいわれない。毫釐にても自己の快楽の為にするという考があったならば、決して他愛より来る満足の感情をうることができないのである。啻に他愛の欲求ばかりではなく、全く自愛的欲求といわれている者も単に快楽を目的としている者はない。たとえば食色の欲も快楽を目的とするというよりは、かえって一種先天的本能の必然に駆られて起るものである。飢えたる者はかえって食欲のあるを悲み、失恋の人はかえって愛情あるを怨むであろう。人間もし快楽が唯一の目的であるならば、人生ほど矛盾に富んだ者はなかろう。むしろ凡て人間の欲求を断ち去った方がかえって快楽を求むるの途である。エピクロースが凡ての欲を脱したる状態、即ち心の平静を以て最上の快楽となし、かえって正反対の原理より出立したストイックの理想と一致したのもこの故である。

しかし或快楽論者では、我々が今日快楽を目的としない自然の欲求であると思うている者でも、個人の一生または生物進化の経過において、習慣に由りて第二の天性となったので、元は意識的に快楽を求めた者が無意識となったのであると論じている。