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ぜんのけんきゅう

善の研究

西田 幾多郎

「善の研究」弘道館、1911(明治44)年2月6日発行

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,777 字 · 243 页

青空文庫

純粋経験と思惟とは元来同一事実の見方を異にした者である。かつてヘーゲルが力を極めて主張したように、思惟の本質は抽象的なるにあるのでなく、かえってその具体的なるにあるとすれば、余が上にいった意味の純粋経験と殆ど同一となってくる、純粋経験は直に思惟であるといってもよい。具体的思惟より見れば、概念の一般性というのは普通にいうように類似の性質を抽象した者ではない、具体的事実の統一力である、ヘーゲルも一般とは具体的なる者の魂であるといっている(Hegel, Wissenschaft der Logik, III, S. 37)。而して我々の純粋経験は体系的発展であるから、その根柢に働きつつある統一力は直に概念の一般性その者でなければならぬ、経験の発展は直に思惟の進行となる、即ち純粋経験の事実とはいわゆる一般なる者が己自身を実現するのである。感覚或は聯想の如き者においてすら、その背後に潜在的統一作用が働いている。これに反し思惟においても統一が働く瞬間には、前にいったようにその統一自身は無意識である。ただ統一が抽象せられ、対象化せられた時、別の意識となって現われる、しかしこの時は已に統一の作用を失っているのである。