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ぜんのけんきゅう

善の研究

西田 幾多郎

「善の研究」弘道館、1911(明治44)年2月6日発行

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 123,777 字 · 243 页

青空文庫

自然もやはり一種の自己を具えているのである。一本の植物、一匹の動物もその発現する種々の形態変化および運動は、単に無意義なる物質の結合および機械的運動ではなく、一々その全体と離すべからざる関係をもっているので、つまり一の統一的自己の発現と看做すべきものである。たとえば動物の手足鼻口等凡て一々動物生存の目的と密接なる関係があって、これを離れてその意義を解することはできぬ。少くとも動植物の現象を説明するには、かくの如き自然の統一力を仮定せねばならぬ。生物学者は凡て生活本能を以て生物の現象を説明するのである。啻に生物にのみ此の如き統一作用があるのではなく、無機物の結晶においても已に多少この作用が現われている。即ち凡ての鉱物は皆特有の結晶形を具えているのである。自然の自己即ち統一作用は此の如く無機物の結晶より動植物の有機体に至ってますます明となるのである(真の自己は精神に至って始めて現われる)。

現今科学の厳密なる機械的説明の立脚地より見れば、有機体の合目的発達も畢竟物理および化学の法則より説明されねばならぬ。即ち単に偶然の結果にすぎないこととなる。しかし斯の如き考はあまり事実を無視することになるから、科学者は潜勢力という仮定をもってこれを説明しようとする。