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てんのう
天皇
蜷川 新
誰が日本民族の主人であるか
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 136,036 字 · 269 页
には、つぎのように書いてある。
「馬子は、諸皇子群臣に勧めて、守屋を滅さんことを謀る(紀)。厩戸皇子は、白膠木を切り取り、四天王像を作り、誓文を発す(紀)。馬子も又誓言を発す云々、亦本願に依って、飛鳥の地に、法興寺を起す(紀)。」
仏教排斥の主唱者、物部守屋とたたかうために、権力者蘇我馬子と、当時、十四歳の少年であった厩戸皇子とは、はじめから、かたく結んでいたことを、証明している文書である。
聖徳太子が皇太子となったのは、二十歳のときであったが、その当時、日本の権力は、蘇我馬子が確実に握っていた。憲法十七条は、聖徳太子が三十一歳のときに、つくられたものである。すなわち、馬子の権力下におこなわれた事業である。太子ただ一人の力のみで、あのような事業が、完成される理由はありえない。ただし十七条憲法は、撰定されただけのことであって、実行されてはいない。馬子は、「詔を承けて、それを必ず謹んでおこなう」ような無権力の人ではなかった。聖徳太子は、四十七歳のときに、「馬子と共に議して、天皇紀、国紀、臣、連、伴造、国造、百八十部、並に公民等の本紀を録している(紀)。