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てんのう

天皇

蜷川 新

誰が日本民族の主人であるか

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 136,036 字 · 269 页

青空文庫

一八八〇年代(明治十年代)の後期に、日本を現在の軌道にのせた重臣たちが、皇統に、神秘主義の後光と特権とを、意識的に、情緒ゆたかにあたえたことは、疑う余地がない。日本の天皇崇拝は、十六、七世紀のヨーロッパの神権君主論よりも、ずつと絶対主義的なものであつて、しいて歴史のうえに原型をもとめようとするならば、ローマ皇帝まで、さかのぼらなければならない。

そうして、デューイは、制度としての天皇制よりも、日本人の天皇崇拝の思想と感情に、とくに注目している。日本人は、なぜ、自分の意見を活発に討論しないのか、なぜ、自由な世論が日本では育たないのか。それは、もちろん、言論を取締るきびしい法律が、その一つの原因である。しかし、それとともに、もつと強いはたらきをしているものは、人びとの心のなかにしみこんでいる天皇制である。それは、ひとりびとりの個人が、ものごとを合理的に判断することを、自らおさえてしまう役割を演じている。そうしてそれは、明治政府以来、国家が、教育制度をとおして、組織的に、人民のあいだにうえつけてきたものである。

初等教育、とくに、歴史と「修身」の教育の研究をしてみて、はじめて、外国人がなつとくすることは、天皇崇拝が、いかに組織的に、そうして完全に、すべての生徒の精神機能の一部となつているかということである。