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きょうふおう

恐怖王

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年6月~7月、9月~10月、1932(昭和7)年1月~5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,038 字 · 133 页

青空文庫

廊下に見知らぬ男が立っていた。

黒の背広に黒のネクタイ、大きな黒眼鏡をかけて、黒天鵞絨のソフト帽を冠っている。イヤに色の黒い小柄な男だ、帽子の下にフサフサと長髪が垂れ、鼻の下に濃い口髭がある。洋画家とでも云った風体。

「僕、大江ですが……」

蘭堂はこの男を全く見知らなかったので、変な顔をして答えた。

だが、読者諸君はご存じだ。この小柄な長髪の男こそ、ゴリラ男の首領、――恐らくは「恐怖王」その人なのだ。

このお話の初めの所で、ゴリラ男が運転手に化けて、布引照子の棺桶を盗んで来た時、例の空屋に待ち受けていて、死骸の顔に化粧をした不思議な人物、あの男だ。あの男が、大胆不敵にも大江蘭堂を訪ねて来たのだ。

「初めてお目にかかります。僕黒瀬というものです。少しお話したいことがありまして」

怪人物が、優しい作り声で名を名乗った。無論出鱈目に極っている。

「どういうご用でしょう」

蘭堂はうさんらしく相手を見上げ見おろしている。

「アノ、実は恐怖王の一件について……」

黒瀬と名乗る小男は、声を低くして、物々しく云った。

「恐怖王」と聞いては、逢わぬ訳には行かぬ。蘭堂は早速黒瀬を請じ入れた。