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きょうふおう

恐怖王

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年6月~7月、9月~10月、1932(昭和7)年1月~5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,038 字 · 133 页

青空文庫

知らぬどころか、彼は世にもすばらしい恋人に恵まれていたのだ。

花園京子といえば、新聞を読む程の人は誰でも知っているだろう。公卿華族花園伯爵の令嬢で、華族様の癖にオペラの舞台に立った程の声楽家で、その上、非常な美人であった。その華族令嬢が、何を物好きに貧乏小説家などを恋したのか、恐らく彼女の探偵小説好きがきっかけとなったのであろうが、これを知る者、誰一人蘭堂の果報を羨まぬ者はなかった。

その花園京子が、今日も蘭堂のアパートを訪ねて来た。だが、いつもの彼女とは異って、何となく浮かぬ顔をしている。

「変だね、君どうかしたんじゃない? いやにふさいでいますね」

蘭堂はすぐ様それを気取って尋ねた。

「エエ、少し。何だか訳の分らない妙なことがあったのよ」

京子は洋装の胸から小さな紙包みを取出して、テーブルの上に置いた。

「妙なことって?」

「今朝早く、お友達をお見送りして、東京駅の待合室にいる時、変な男が、突然あたしに話しかけたのよ」

「それで?」

「この紙包みを、ソッとあたしに渡すんじゃありませんか。そして、『お約束の薬です。これを召上れば、あなたの声はもっともっとよくなります』