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きょうふおう
恐怖王
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年6月~7月、9月~10月、1932(昭和7)年1月~5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,038 字 · 133 页
妖術
妙なことを呟きながら。
「芝生だもんだから、足跡がないのです。やっぱり塀を越して逃げたかな」
「誰かが庭へ這入りましたの? マア、気味の悪い。誰ですの?」
未亡人は震え上った。
「電話を貸して下さい。警察へ知らせて置かなければなりません」
蘭堂は夏子の案内で慌しく電話室へ飛び込んだ。
夏子が電話室の外に佇んで聞耳を立てていると、途切れ途切れに「恐怖王」だとか「ゴリラ男」だとかいう声が聞える。彼女はハッとして、色を失わないではいられなかった。
「先生、ゴリラ男がどうかしたのでございますか。もしや……」
電話を切って出て来た蘭堂は、夏子の恐ろしく引き歪んだ顔にぶつかった。
「びっくりなすってはいけませんよ。実はそのゴリラ男が、お宅の裏の塀を乗り越えて、邸内へ逃げ込んだのです」
それを聞くと、夏子は「マア」と息を呑んで、よろよろとあとじさりをした。
妖術
間もなく数名の警官が駈けつけて、庭は勿論邸内隈なく捜索したが、ゴリラ男は影もなかった。恐らく、蘭堂が表門へ廻っている間に、再び塀を乗り越えて逃亡したものであろう。
警官が立去ったあとも、夏子は蘭堂を引止めて帰さなかった。