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きょうふおう
恐怖王
江戸川 乱歩
「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年6月~7月、9月~10月、1932(昭和7)年1月~5月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,038 字 · 133 页
さっきわたしが見廻った時と少しも変ったことはありません」
夫人はホッと安堵の溜息をつく。
蘭堂は不躾にも、薄絹に顔をくッつける様にして、京子の寝顔を覗き込んでいたが、やがて、何に気附いたのか、ただならぬ様子で夫人の腕を捉えた。
「奥さん、ごらんなさい。京子さんの寝顔を。余り静かじゃありませんか。それにあの青さはどうでしょう」
「エ、何とおっしゃいます」
夫人はギョッとして、蘭堂を見つめた。
「奥さん、念の為に、京子さんを起して見て下さい。何だか変です」
夫人は云われるまでもなく、薄絹をまくって、寝台に近づき、白い毛布の上から京子の身体をソッと揺り動かした。
「京子さん、京子さん」
併し返事はない。
夫人は慌しく、毛布の下の娘の左手を探し求めて、それを握った。冷い、まるで氷の様だ。
「京子さん、どうしたのです。コレ、京子さん」
夫人はもう半狂乱の体で、握った手を強く引いた。
と、実に恐ろしいことが起った。
夫人は大きな音を立てて尻餅をついたのだ。京子の左手を握ったまま。非常に滑稽な図であった。それ故に一層物凄く恐ろしかった。
まるで人形の腕がもげる様に、京子の手がスッポリと抜けてしまったのだ。