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きょうふおう

恐怖王

江戸川 乱歩

「講談倶楽部」大日本雄弁会講談社、1931(昭和6)年6月~7月、9月~10月、1932(昭和7)年1月~5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 66,038 字 · 133 页

青空文庫

歩き廻っているうちに、心の平調を失っていた為か、絨氈の端につまずいて、よろよろとよろめき、そこの壁にはめ込みになっている金庫の扉に倒れかかった。

すると、妙なことに、金庫の扉がしっかり閉めてなかったのか、ピチッと幽かな音をたてて、ほんの少しばかり動いた様な気がした。

伯爵は盗難の用心の為に、寝室の中に金庫を備えていたのだ。併しどこの家でも金庫はいつも密閉されているものだ。その上、符号を知らねば開くことも出来ないのだから、賊を探す場合にも、金庫丈けは度外視していた。けれど、その扉が本当に閉っていなかったとすると、賊め、京子さんを殺した上に、お金まで盗んで行ったのかしら。

「奥さん、この金庫は閉めてなかったのですか」

慌しく尋ねると、娘の死骸にとりついて泣き入っていた夫人が、やっと顔を上げて、

「イイエ、主人がしっかり閉めて置いた筈です。それに主人の外には合言葉を知りませんので、開く筈はありませんが……」

と不思議相に答えた。

「それがどうも本当にしまっていない様なのです。開けて見ても構いませんか」

「エエ、どうか」

夫人の許しを得て、蘭堂は扉の引手に指をかけた。