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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
04 第四分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 页
そしてその時節は、ふたりの予想していた以上早く来た。信玄の死が、それを急に与えたのであった。
いつの時代でも、亡ぶ者が、かならず抱いている滑稽な信念は、
(おれは亡ぶ者でない)
という錯覚である。
義昭将軍などは、その過ちを、もっともよく身にあらわして、盲動派の傀儡となるに都合のよい、位置と性格の人だった。
また信長の眼からも、べつな意味で、
(あれもつかえる道具の一つ)
として見られ、尊まざる貴重扱いを、日頃うけているのであった。
しかしこの時代価値のない将軍家は、自分の値ぶみを知らないし、何を思惟するにも、知識的で、その知識がまた室町文化からすこしも出ていないのである。せまい京都だけの文化面を、日本の様態とながめて、依然たる小策をたのみ、その恃みを本願寺の僧団や、諸国の信長の敵なる群雄に依存していた。
信玄の死を、彼はまだ知らなかったらしい。
だから強がった。
「予は将軍家だ。武家の棟梁。叡山とはちがう。もし信長が二条へ弓をひくならば、信長は求めて、反逆の名を負うものだ。諸国の武門がゆるすまい」
一戦も辞さぬ態度を示して、近畿の兵家に檄をとばし、もちろん浅井、朝倉、越後の上杉、甲州の武田家などの遠方にも、急使を送って、ものものしげな防備にかかった。