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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
04 第四分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,841 字 · 376 页
虎御前山の陣地から、北の上山田のほうまで本営をすすめて、信長は、面を焼くばかり近い小谷の落城の火を、じっと見まもっていた。
三面の山、谷間、みな赤い。
城は、巨大な熔鉱炉のように、雄たけびの沸りをあげている。――その火花がやがて黒ずんで来て弱まる時、すべてのことは終るのかと思うと、信長は、
「……ばかなやつ」
と、妹の運命を、哭かずにいられなかった。
比叡全山の伽藍仏塔も、僧俗のおびただしい生命も、火中に見て、冷然たるものだった信長の眼に、いまは涙がある。
比叡の殺戮とは、くらべものにならない、たった一人の妹のために。
知性と本能と、ふたつを持つ人間には、だれにも矛盾はある。
だが、信長とすれば、比叡の焼討ちには、大きな信念があった。あれだけの生命をころすには、あれ以上、無数な世の生命に、のちのちまでの幸福を誓いうるだけの信念を持っていたのである。要するに、大乗の精神をもってしたのだ。
浅井長政にたいしては、なんらそういう大意義がなかった。長政が、小乗的な義理や感情で戦ったと同じように、信長の戦いも、小乗的にならざるを得なかった。長政さえ、小義をすてて、信長の大義を解してくれたらよかったと、信長からはいえるのであろう。