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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

09 第九分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,757 字 · 375 页

青空文庫

あとは、この大事態に処して、いかに号令すべきかの、彼の頭ひとつにある判断しかない。

「遂に、しびれを切らして出て来おったの……」

勝家のことをいっているのであろう。秀吉はその匆忙な間、至極にやにやしていた。

「雪にとじられていた穴熊も、かくなっては、春の日長を待ちきれなくなったものとみゆる」

かねて期していたところとしている容子である。その口吻には、勝家の出撃時期を、批判しているようなふうも窺われる。

もし地をかえて、秀吉が越前にあるものならば、この時機に、出動したろうか。おそらく非常な相違があろう。こういう定石の後手は追うまい。

なぜならば、今、数万の役夫を徴用して、あの江越国境の山また山を除雪しながら進む難儀は、それをもっと早い一月に決行しても、去年の冬に断行しても、帰するところ、難渋な点は同じであった。

――それを「雪の解くる日まで」と、悠々、以後の期間をむなしく過ごしていたところに、実に勝家の“常識”が常識どおり踏襲されて来たものといっていい。

しかも、岐阜、勢州方面などの事態が起ると、到底、その予定も保持しているわけにはゆかなくなった。つまり事態を見ては事態に動かされていたもので、極言すれば、勝家その人の方策は、あるもないも結果においては同じものになっている。