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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

09 第九分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,757 字 · 375 页

青空文庫

掌上の物

まずいといったら、これ程まずい打ち手はなかったのだ。気がついても、復命の後では遅い。

「この上は余り御気色を害わぬ程に、軽くお伝え申しおくほかはあるまい」

宿屋七左衛門と浅見対馬守の両使が、途すがら口を合わせていた憂いのうちには、当然の敵秀吉ある上に、依然、北越の上杉をひかえているのだ。この上、徳川家とのあいだに、感情の齟齬などあらば大不吉、と唯々無事を祈る気持しかなかったのである。

ところが、時雲の早さはそんな小心者の杞憂ごときは、いつでも遥かに超えていた。この一行が越前へ帰った頃には、つい前月の口約もやぶられ、初春迫る年越しを前に、秀吉は、江北の一部にたいし、断乎重大な軍事行動を起していたし、同時に、徳川家康も、何を思うか、急遽、浜松へひきあげを開始していた。

掌上の物

前田利家らの一行三使が、越前へ帰ってから約十日ほど後である。――なお後に残って、宝寺の城下で、療養に努めていた柴田伊賀守勝豊も、ようやく健康に復したので、一日秀吉に暇乞いをなし、

「このたびの御温情は、忘れることができませぬ。いつかまた、折を見て上洛、あらためてお礼に伺いまする」

と、辞去して、長浜へ立った。