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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

09 第九分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,757 字 · 375 页

青空文庫

内に敗る者

古来、内応醜反の徒が、利に走りながら、利を得て生涯を栄えた例しのないのもまた不思議だ。後日、その約束が無視されて、利に代るに、斬や毒を以てされ、或いは、自滅に委されても、天下の嘲笑はむしろ快とするのみで、誰ひとりその末路を憐れむ者すらない。

そうした史上無数な例も知らぬではない山路将監が、どうしてそんな愚に迷ったかというに、彼もまた、

(これだけは巧くゆこう。北ノ庄殿も確約していること)

と、自身の場合だけを例外なものに見、しかも戦が柴田側の勝利に帰すことまでを、強いて信じていたのである。驚くべき妄動というほかはない。しかし、後では彼も煩悶した。良心に問われもしたにちがいない。――が諾書はすでに渡してあった。悔ゆるも及ばずである。是が非でも明朝は内応を決行して、その砦に、柴田軍を引入れなければならない運命を自身で作っていた。

内に敗る者

十二日の子の刻頃である。

子の刻といえば、正に真夜半、篝も暗く、山中の軍営は、粛々、松の葉か、露のふる音ばかりだった。

「――御開門ねがいます。……ちょっと、御開門を」

誰やら頻りに陣柵の木戸をたたく。声も、憚るように忍びやかである。