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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

09 第九分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,757 字 · 375 页

青空文庫

「又左の御前。又左の御前。……筑前じゃ。顔をお見せなされ」

秀吉はなお台所部屋の奥へ向ってこう呼びぬく。

ちょうど、膳部屋の物片づけに、召使い達と共に立ち働いていた利家の夫人は、ふと、それを耳にして、

(誰ぞ?)

と、あやしみながら、腰衣、襷がけのまま、何気なくそこへ出て来た。

そして、秀吉の姿を、突然そこに見たときの、彼女の驚きようといっては、どう形容すべくもない。

「あれっ……?」

としばし、眼をまるくしたまま、立ちつくし、

「まあ、これは、夢ではございませんでしょうか」

と、いった。

「御内儀、久しいなあ。――さてさて、いつもお達者で、めでたい」

秀吉が歩みよると、彼女も初めて、われに返り、襷をはずして、板床の下へ退った。そして、まずまずと、身を低めて請じたが、秀吉は無造作に、大土間の框に腰をすえこみ、

「御内儀の顔を見て、何よりも先に聞かせたいのは、播磨にある娘(利家の女を秀吉の養女とせる者)も、姫路の女どもと打ち交じり、至極、息災に成人したる由じゃ。御安堵あるがよいぞ。――また、この度は、亭主又左衛門殿も、辛い御出陣と相見えたが、進退立ち惑いなく、繰り退きの切ッ先も烈しく、前田一陣のみにおいては、戦にも、負けなしと申してよかろう。