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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

09 第九分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 187,757 字 · 375 页

青空文庫

家にいる身が勿体なく思われ、お側にいれば――とふと思われて来ないでもない。けれどこれは日常秀吉の側にいる者の手が届かないわけではない。一事に取り懸ると、その関頭を越えるまでは、体が垢に臭くなろうが身に虱を見ようが、幾十日でも平気でいる習慣の良人である。――だから、そう感じるときは、彼女が畳みつけた衣裳を退げさすにも、侍女たちへ注意して渡した。

「――お虱がたかっているかもしれないから、べつな所へ置いて、お肌着もお下帯も、熱い湯にひたして洗わせますように」

――馴れない侍女は笑いを怺えるのに苦しむ。けれど羽柴家と虱とは切っても切れない縁もある。そもそも彼女がまだ十六、良人も二十六歳というむかし、軒傾いた清洲の弓長屋で、ふたりが形ばかりの祝言を挙げた晩から、親類のほかなるこの親類が、すでに夫婦の生活に立ち交じっていたらしいのである。

この新妻が初めて新夫のものを洗濯したとき、彼女は、たくさんな良人の親友を、肌着の縫目に発見して、目をまるくしたものだった。

以来、虱のことでは、

(わたくしが世間に笑われますから――)

と、妻がいい、

(ばか、天然にわくものは仕方がないではないか)