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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
それからやがて、そっと顔をあげた。
「来年はいつごろ出ていらっしゃいますの」
宇乃はそう云いながら、ようやく甲斐から身をはなした。
「よくわからない」と甲斐は答えた、「今年は春に帰る筈だったのが、いろいろなことでいままで延びてしまった、だから本当なら来年の春に出府する順序だけれども」
「では再来年になりますの」
「たぶんそうなるだろう、しかし来年また出て来なければならなくなるかもしれない、どうなるか」と甲斐は太息をついた、「どういうことになるか、いまここではなんとも云えない」
宇乃はまた樅ノ木のほうを見て、それからおちついた声で訊いた。
「なにか宇乃でお役に立つことはございませんの」
「ないだろうね」と甲斐は微笑した、「そんなことのないようにしたいものだ」
「宇乃はまだそんなに子供でしょうか」
「そういう意味ではない、宇乃には弟がいる、虎之助をしっかりみてやるのが宇乃の役だ、それも決して楽な役ではないだろう、このあいだのような事もあるしね」
宇乃は頷いた。
「さあ、寒いから中へおはいり、私はもうゆかなくてはならない」
宇乃は甲斐を見あげた、「わたくし、今日のお話しをよく覚えておきますわ、蔵王のお山や、青根の湯泉や、白石川や阿武隈川のことを、――宇乃はいつかそれをみんな見ることができますのね」