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しんだちどり
死んだ千鳥
吉川 英治
「婦人倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1937(昭和12)年3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,539 字 · 32 页
死ぬ千鳥
『どうぞ、お願いいたしまする』
『じゃあ、どこかその辺で、待っておいでなさい。もう、顔も揃ったし、入札はすぐ済むから』
平常、彼女が思っていた通り、やはり伏原半蔵は優し気のある人だった。年は四十を越え、無頼な浪人仲間に身過ぎはしているが、今の言葉でも、友誼に厚い事はわかる……。
そんな事を考えながら、彼女は、いくらかほっとして、暗い河岸ぶちに佇んでいた。袂から頭巾をだして顔をつつみ、川波の音に耳を澄ましていると、春の闇を、千鳥の声が寒々と空を横切ってゆく。
『まだかしら? ……』
何度も、何度も、墨江は更科の二階の燈を振り仰いだ。そこの障子には、大勢の影法師が映していて、時々、笑いくずれる声が往来まで流れてくる。
『……どうぞ、伏原様に、今夜の競り札が落ちますように』
彼女は、心のうちで、凝と祈った。
死ぬ千鳥
――やがて、四、五人ずつ、ぞろぞろと更科の軒から人影が散って行った。散会らしい。札の結果はどうなったろう。墨江は動悸を抱きながら、人目にかからぬように、わざと川下流の方へ、ぶらぶら歩き出していた。
『――平田殿の御内方。――墨江どの』
迅い跫音が、迫って来た。